前回までのあらすじ

エバンス城をとったシグルド一行
しかし何かに気づいたのか察したのかわからないがシグルドの様子がおかしい
本来だったらありえなかったアルヴィスと一緒にヴェルダンへ進軍する展開
一体全体どうなるのか
歴史はどうズレていくのか

「シグルド様、来客です。ノディオンのエルトシャン様がいらっしゃいました」
ノックの後、若々しい声が響く。
シグルドにあてがわれた部屋の扉を、オイフェがゆっくりと、覗き込むように開いた。
「…!わかった、今すぐ向かおう」
ハッとしたように席を立ち、オイフェを連れて応接間に向かった。
そこにはとても懐かしい、だが良く見知った顔があった。
「エルトシャン…!」
「シグルド、久しぶりだな。エバンスを制圧するとはどういうわけだ?」
この場所を…と言わんばかりにぐるりと辺りを見回し、牽制するように続ける。
「ヴェルダンにでも攻め込もう…とでも言うのか?」
その眼光は鋭い。
「エルトシャン、よく来てくれた」
シグルドは暖かな表情で手を差し出し、強く握る。
「…ユングヴィのエーディン公女が連れ去られた。ヴェルダンがどうしても公女を返さないのなら、戦うよりほかに仕方がないのだ」
喜びを表したような顔を見せたのも束の間、嘆息をつきながらうなだれ肩を落とす。
それを見てエルトシャンは何かを察した。
「なるほど、そういうことか…しかし、今エバンス城をあければアグストリアの諸公がいらぬ野心を起こしかねんな…」
口元に人差し指をあてがい、少し考える。
「わかった、お前の背後は俺が守ろう」
「すまない、エルトシャン。戦いが終わったら…」
また会おう、と言いかけて、言葉に詰まった。
刹那、思考が駆け回る。
そういえばと、『夢』の記憶を頭の片隅から引っ張り出す。
自分はあの中で、友と戦い、そしてその友は命を落とした。
もし、その『夢』が起こりうる話なら…
言い表せない不安が胸のうちにぶわっと広がる。
(また会えるのか?本当にまたこうして会えるのか?私はエルトシャンと戦うことにならないのか?)
(ラケシスが悲しむ顔は見たくない)
(そもそもエルトシャンと斬り合うなど、私はしたくない)
(なぜそうなる?考えろ、考えるんだ)
うつむいて黙りこくる。
「…どうした?」
怪訝に思ったエルトシャンが顔を覗き込み、声をかける。
だが、シグルドの反応は薄い。生返事が返ってくるばかりである。
「おい…シグルド?どうしたんだ?」
肩を叩き、軽く揺らす。
驚いたような反応を示すと、ようやく意識をエルトシャンに向けた。
「あ、ああ…?すまない。その…上手く言えないのだが…」
じっとりとした目線をシグルドに向ける。
二人のやり取りをオイフェは、不安そうに見届けている。
シグルドは、必死に言葉を紡ぎ出す。
「…シャガールに気をつけてくれ、奴は君を疎んじている」
エルトシャンに電撃が走った。
「バ、バカな事を言うな!イムカ国王の息子がなぜ俺を!?そもそも、俺は昔からアグストリアへの忠義は付くしてきた、そんな俺をなぜ!?」
「すまない、上手く言葉には出来ないし、理由はわからない…だがエルトシャン、頼む。ラケシスを悲しませないでやってほしい…」
エルトシャンは言葉に詰まった。
妹の名前を出されると、何も言えなかった。
忠誠を尽くした王の息子が俺を嫌っている?
心当たりが全く無く、かといって親友の言葉は自分に二心を抱かせるための嘘とも思えない。
思いたくない、というのもある。
苛立ちをごまかすように、顔を背けて頭を掻きながら言葉を絞り出す。
「…どうしろというのだ」
熱を帯びたであろう気持ちの中、自分の言葉に耳を傾ける姿勢になったことに、シグルドは心底感謝した。
「…ああ。その…先に断っておくが、私は預言者ではない、もしかしたらの話だ」
「ああ、続けてくれ」
「近いうち、我々はヴェルダンを制圧するだろう。その後、アグストリアの諸公は反グランベルの勢力をまとめ、シャガール王のもとグランベルやノディオンに攻め入るかもしれない」
「ま、待て!アグストリアの連合諸公をまとめあげているのはイムカ王だ、間違うな。それにまず反グランベルの勢力がいるのはわかるとして、イムカ王が攻め入るのを許しはすまい」
「もしかしたらの話なんだ、エルトシャン…頼む!頼みたい事はこれからなんだ」
あまりにも悲痛な、必死の剣幕に、馬鹿げた話と訂正させようとしたエルトシャンも思わずたじろぐ。
「あ、ああ…」
「君は、忠誠を誓ったアグストリアに剣を向けるような真似はしたくないだろう。だから、守ってくれるだけでいい。ラケシスを置いていかずに、ノディオンで、どうか守ってやってほしい。それだけでいいんだ、君はアグスティに行ってはいけない…!」
肩を掴み詰め寄る、友の、見たこともない絶望感のにじみ出る表情。
エルトシャンは、ただ事ではないと感じ取りはしたものの、逡巡したのち、うなずくしか出来なかった。
「ああ…これで、エルトシャンと戦わなくて済むのだな…」
ぽつりと呟いたのを、彼は聞き逃さなかった。
「なぜだ…?シグルド、なぜ俺とお前が戦うんだ?お前は何を知っている!?話せ!!」
今度は、エルトシャンがシグルドの肩を掴んだ。
必死さが強まる。
「ああ、いや…」
「何でも良い、ちゃんと少しずつ言うんだ!お前と戦うなど俺とて御免だ、何か戦わなければならない理由が有るのか!?」
鬼気迫る剣幕で、更にシグルドに詰め寄る。
「それは…」
言葉を濁した。
「言え!言わねばシグルド、今ここでしたくない『それ』をせねばならん!」
エルトシャンの心の内には、大きな迷いがすでにあった。
友が、友の立場を利用して二心を抱かせるような言葉を吐き、忠誠を惑わすような下策を講じるなら今ここで斬って捨ててしまいたい。
だがシグルドがそんな悪辣な人間ではない、愚直とも言えるほどに素直な人間なのはわかっている。
忠義と親友、どちらも捨てられない、エルトシャンにとって大きなものを失うわけにはいかない。
迷いを振り払う確証が欲しかった。
だからこそ、先延ばしにも出来ない、今、知るべき事を知っておきたかった。
預言者ではないと、友は言った。
だが、なにかただならぬ事がこれから起きるのを、この友は体験したように話した。
「…シグルド様…」
怯えたような表情のまま、オイフェが割って入った。
「ぼくにも、お聞かせください…ぼくも、知っていなければいけない、気がします…」
「…わかった。つまらない話だが…」
うつむきながら、シグルドはゆっくり、淡々と語った。


「アルヴィス卿と、お前が…キュアンもあのイード砂漠で果てるなどと…」
それ以上、言葉が出なかった。
シグルドがいつか見た、『夢』の話。
だが、夢の通りに歩みは続いている。一点、アルヴィスが共に居ることを除けば。
そのアルヴィスと戦った時に感じた炎。
エバンスの守勢を焼き払ったのも全く同じものだった。
確証はないが、感覚は偽れなかった。
これから起こることに対しても同じように、未来に起こることに、確証はない。
だが、不穏な感覚があり、このままにしておけない、なにか、避けなければいけない良からぬ空気のようなもの。
シグルドはそれを胸に抱いていた。
「とにかく、分かった。お前の夢の話は胸に留めておく。仮にお前が言ったとおりに事が運んだなら、俺も信じよう。だが俺はアグストリアに忠義を果たす、果たさねばならない立場だ。お前の言葉を信じはするが、国や、王は裏切れない。ならば、ノディオンでラケシスを守ろう」
エルトシャンも言葉を絞り出すので精一杯だった。
「すまない、エルトシャン。君を悩み苦しませることになってしまった」
「…そうだな。すでに二つ貸しだ、高く付くぞ」
うん?と疑問符を浮かべる。
「確かにお前の話を聞いて、いらぬ心配をせねばならなくなった。だが…」
とん、と胸を叩く。
「お前の背後を守るのは、変わらないからな」
エルトシャンが、フフッと不敵な笑みを浮かべる。
希望の光が差し込むように、シグルドの表情に安堵が浮かんだ。
「こんな戦いで死ぬなよ。お前が夢で見た不穏な未来を、自分の力で変えてみせろ!」
手を取り、力強く握った。
友が支え、背中を押してくれるその安心感を噛み締める。
「…ぼくも、お供します。シグルド様、今は何も出来ないかもしれないけど…」
「オイフェ、ありがとう…エルトシャン、本当に助かる…」
「気にするな…というわけにもいかないか、お前のことだ。恩義を感じるなら、ラケシスにいい男でも紹介してやってくれ。大事な妹だが、いつまでも一人というわけにもいかんからな」
「ははは…そうだな。我々も男所帯だし、気にいる相手が見つかるかもしれない」
お互いに苦笑いしあう。
「…すまない、エルトシャン。戦いが終わったら、また会おう。昔のように、お前とワインでも酌み交わしたいものだ」
「楽しみにしているぞ、シグルド。武運を祈っている!」
拳骨を軽く当てて、エルトシャンはその場を後にした。



次回に続く